インターネットの質問箱の回答でよく見かけます。古い良いアップライト(たとえばスタインウェイ)と価格が同じような国産のグランドと比較したら、グランドが良いに決まっている、機構がまったく違うのだからアップライトでは練習にならない、というもの。
たしかに機構が違えば弾き心地がまったく違う。でも、だから役に立たない、というのは大きな間違いです。
私のレッスン室には古い古いスタインウェイのアップライトもあります。まだブラームスが生きていたころの楽器です。生徒はスタインウェイのグランドで弾きますけれど、どんな微妙なことでも私がアップライトで弾いて伝えることはできる。
たとえアップライトであっても美しい音が本当にするならば、美しい響きを体感できるのは好ましいと思います。音が美しくてメカニックが健康ならば迷わずそちらを選ぶべきでしょう。
ただし、有名メーカーだったら良い、とはまったく言えないことを知っておくこと。良い楽器というものはそんなに多くないものです。有名なメーカーでも、モデルによってはぜったいに良いはずがない、というのだってあるのです。
ましてや、古いものを選別するのはたいへんにむつかしい。技術者であっても正確に選別できるというわけではありません。技術者はメカニック的な不備があるかないかは正確に分かるけれど、音の良しあしの判断となるとまた話は別なのです。
私の所有するアップライト(写真)は、日本の調律師を代表するひとりだった故辻文明さんが、たいへんやっかいな修理をお願いしたにもかかわらず、小躍りして手掛けてくれたものです。
あまりの古さでメカニックの木材が枯れて折れたりしたのですが、素晴らしい音を残すためにハンマーを換えたくはない。
そこで、ハンマーヘッド以外の主要な部品を作ってもらうことにしました。この作業は正確さを要する、でも地味な仕事です。迷惑そうな顔をするどころか、本心から私の要望にほぼ沿うように仕上げてもらったことに感謝しています。
もうひとつ、楽器に関しては、音大に行こうと思うならばアップライトではぜったい無理だ、という説もたいへん広く流布しています。これにも疑問符をつけたい。
良い楽器を持つに越したことはない、という常識的な考え方で充分でしょう。条件が悪くアップライトしか持てない人でも、何の心配もいらない。グランドは弾き心地が違うということは一度弾いたらわかることです。弾き心地が違ったからといって尻込みする必要はまったくないです。
昔の大ピアニストは練習はアップライトですることもあったといいます。そうしたことを知った上でなされた意見でしょうか?とんでもなくピアノに対するハードルを上げるのは私には理解しがたい。