弦楽器のボーイングはたいへん難しいようです。ピアノ演奏における腕の働き自体は、ボーイングのような難しさがあるのではない。けれど、ボーイングと比較することによって、ピアノ演奏の腕の役割を理解しやすくなると思います。

 

まず、常識のように言われる、肩から先を完全に脱力して、ぶら下げるように、というのを実行してみてください。これでボーイングとの類似を見つけることはほぼ不可能です。

 

前項で、支えるというのは、腕の高さを保つことなのだと書きました。今は、ですからその状態を前提に書きます。

 

弦楽器の弓は、弦に強く圧しつけられてはいけません。といって正しく接していなければ音は鳴ってくれません。この弦と弓の接点にあたるのが鍵盤と指先が触れる感触だと思って下さい。

 

この辺りはきわめて感覚的に記述しています。指が底板を圧しつけてしまわないように、でもアフタータッチを的確に察知するための動作は、肩、肩甲骨から弓を動かしているように見える弦楽器と似通っています。

 

また、弓は音が鳴り続けている限り、止まることはありません。ピアノの音はいったん弾かれたらもう変化しないのですが、それでも腕を止めないのがひじょうに大切です。

 

止めないというか、弦楽器と同じようなつもりで腕を運ぶのです。次の音へ向けて腕を運ぶことによって、次の音の準備がきちんとできる。

 

運ぶ運動は、上下動をなるべく少なくします。上下に動かす代わりに前後に(鍵盤の奥と手前です)揺するような動きと左右への移動、この組み合わせがピアノ演奏の動作の基本になります。ここで弦楽器の弓使いからイメージを借りてくると、分かりやすくなるでしょう。

 

以上の運ぶ動きは必ずしも大きな動作になる必要はない。むしろほとんど目につかないこともあります。しかし、自分の身体の中では、ぜったいに感覚されていなければなりません。

 

その上で、音程を感じることをテクニック上の問題に位置づけることができます。

 

ピアノはもちろん調律されていて、音の高さを変化させることは不可能ですが、ピアノなりの音程感を持つことが大切です。

 

カザルスは、ピアノと共演する場合、弦楽器の音程とピアノの平均律では音程が違って困りませんかという質問に対し、良いピアニストはピアノなりの音程感を持っているから、一向に困らないと答えています。

 

たとえば2度と5度では腕の動きが違うはずです。どちらも簡単にとどく、といって指だけで弾く人がほとんどではほかの旋律楽器と共演することは不可能です。