人間の動作は腰を起点として、作用する部位まで伝播する一連の力の伝達だと見做せます。仮に脊柱が一本、あるいは2,3本の骨から構成されていたならば、私たちの動きはどれほど緩慢か。 主に12個の胸椎と5個の腰椎がピアノ演奏に大きくかかわっていると思われます。

 

テクニックについて述べるにあたり、最初に座る姿勢から始めざるを得なかったのは、その点に関する徹底的な観察がなされないまま、弾く型を教えてしまうことに対する批判からです。

 

最近では、ピアノ演奏技術に関して、スポーツトレーナーや医学関係者が積極的に発言し、著書も多く出回るようになりました。

 

これは、ピアノ演奏に携わっている人たちが、今の状態を決して素晴らしいことばかりだ、と感じているのではないことの証左だと私は思っています。

 

トレーナーや医師がピアノ演奏に関心を持ってくれることは、たいへん良いことでしょう。ピアノ演奏が、多かれ少なかれ特殊な筋肉、神経を酷使する以上、ケアや治療上のアドヴァイスは有意義なものです。

 

ただ、残念なことに、演奏家の側は与えられた知識を受け取るだけの態度に終始しているだけなのです。

 

スポーツ医学でも何でも、そのスポーツ特有の動作を否定する(たとえばサッカーで足で蹴る動作を否定する)説は意味をなしません。怪我をしない最善の方法はスポーツをしないことである、では誰も納得しませんね。

 

どうしてもピアノを演奏する際の、本当の動きを知ることが大切なのに、指の動き、身体の動きで一番特徴的な点が抜け落ちているように思われます。

 

さて、抜け落ちている点はもう少し後で述べるとして、ピアノ演奏における力の伝達は、簡略していえば、腰からのエネルギーが背中、肩、腕を通って指先に至る波状運動であると いえます。

 

この波状運動は本来人の動作の基本であり、それが欠けると例えばチャップリンの動きのように笑いを誘う、ギクシャクしたものになります。

 

一般に広く言われている、背筋を伸ばして、という教えがここでどれだけ邪魔になるかをとくと考えてみてください。