ここでスタッカートとレガートについて説明します。
本当はスタッカート記号について詳しく話す必要があります。というのも、所謂スタッカート記号のうち、一般に信じられている「軽く、短く弾く」のはごくごくわずかな割合しか占めていないからです。
しかし今はその「軽く、短く」についてお話ししましょう。
時おり、スタッカートは鍵盤をひっかくように弾く、という説明を目にします。また、実際にそういった指の動きをする人をしばしば目にします。
ところがこれは弾いている本人が思っているほどは短く響きません。むしろ気分の問題だと言った方が良いと思います。人や猫に引っ掻かれた記憶がそう思わせるのでしょうか。
指が手前に引っ掻くように動く時、指先はどうしてもある程度の時間鍵盤に触れています。
日常の動作を考えてみましょう。思いもかけず熱いものに触れた時、あるいは痛みを指先に感じた時、どんな風に動きますか?指先を引っ掻く方向に動かすでしょうか?前に述べたように、それでは本当に素早い動きは生じません。
逃げることを想定した場合は尚更です。物が熱いかどうか触れて確かめるような場合です。
最も素早い動きは、指先を含む腕全体が触れるために動いて来た軌跡をそのまま戻る時に生じます。机の上で試してみてください。誰でもすぐに納得するはずです。
熱さを確かめるために用心しながら、つまり逃げる用意をしながら指を触れるのと同じ動作をピアノの場合に当てはめるならば、熱い面に相当するものは所謂アフタータッチです。
そこに触れたら指先、手、腕は素早く上方に引き上げられなくてはなりません。
ひとつ注意したいのは、熱いものに思わず触れた時と、熱さを確かめるために触れる時の身体の動きは同じではないことです。
指先の動きの方向を説明するために熱いものに触れた時を例に出しました。この例では、人の動作が最も素早いのは引っ掻いた動作ではないことが理解出来るだけで良い。
思いもかけず熱いものに触れた時には、胴体の役割りはほとんど問われません。
他方、熱さを確かめようと触る時に上体、肩などが「逃げる」動きに一体となって参加していることは、ちょっと試してみたらすぐに認められるところです。
ついでに、この二つの場合の体の使い方の差から、指先が動く距離の差が生じることにも気が付いて下さい。
ここでタッチということを理解する上でもっとも重要かつ分かり易い例を挙げておきましょう。ブラームスの51の練習曲の中の1曲です。
親指が柔軟さを保っていること、腕から指先までが一体になって動くこと、それが波状に伝播していることが分かると思います。
指は入力した方向に戻っていることも見えると思います。これはスタッカートの例にもなるでしょうが、指が鍵盤上に残れば長い音になります。
映像ではもちろん分かりませんが、指は鍵盤の底まで押込められてはいません。
ブラームスはアフタータッチのポイントを体に覚え込ませるためにこのような曲を作ったと思われます。同じものを2通りの角度で載せておきましょう。背後からのは、指先は背中→肩→腕→指先と「力」が伝播していくのが分かりやすいと思います。